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東京地方裁判所 昭和48年(借チ)1030号 決定

申立人

増井末雄

右代理人

今野勝彦

相手方

高橋志馬市

右代理人

相川汎

主文

一  申立人が別紙目録(三)記載の改築をすることを許可する。

二  申立人は相手方に対し、金一五一万五〇〇〇円を支払え。

三  申立人と相手方との間の本件賃貸借の賃料を本裁判確定の月の翌月分から3.3平方メートル当り月額二三〇円に改定する。

理由

(申立の要旨)

一  申立人は、相手方から別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)を普通建物所有の目的で賃借し、同地上に同目録(二)記載の建物(以下本件建物という。)を所有している。

二  申立人は、右建物を同目録(三)記載のとおり改築する計画であるが、右改築が土地の通常の利用上相当であるにもかかわらず、相手方の承諾が得られない。

三  よつて、申立人は、相手方の承諾に代わる許可の裁判を求める。

(申立の当否)

一本件の資料によれば、申立人は、昭和二三年一月ころ、本件土地を含む約325.67平方メートルの土地を当時の所有者西原修三から普通建物所有の目的で賃借したこと、昭和二六年ころ相手方が右土地の所有権を取得したので、引続き相手方から賃借していたが、昭和三三年五月二〇日相手方から求められて右賃借地のうち本件土地以外の部分を相手方に返還したこと、その際、相手方との間に初めて本件土地について普通建物所有の目的で賃貸借をする旨の契約書を作成したことが認められる。

申立人は、右契約書作成の際新たに賃貸借契約をしたものであるから、期間は同日から三〇年であると主張する。しかし、前記のとおり、相手方との間には昭和二六年から賃貸借関係が存在しており、右契約書作成の際新たに賃貸借契約をしなければならない程の事情は認められず、契約書にもその趣旨の記載はなく、借地の一部返還を機に契約関係を明確にするために契約書を作成したものとも考えられるのであるから、契約書を作成したことの一事をもつて当然に新たな契約が成立したということはできない。他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

一方、相手方は、当初申立人と西原との間で賃貸借契約をした際、期間を昭和四三年六月末日までと定め、前記契約書作成の際、これを確認した旨主張する。

相手方提出の昭和三三年五月二〇日付契約書には、期間は昭和四三年六月までである旨の記載がある。しかし、この記載部分は申立人本人の供述と申立人提出の右同日付契約書の記載内容に照らすと真正に成立したとはにわかに断定し難い。したがつて、これをもつてしては相手方の右主張を認めるには不十分であり、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件賃貸借の期間については、当初から定めはなかつたというほかないから、借地法第二条第一項によりその期間は当初の契約時の昭和二三年一月から三〇年となる。

相手方は昭和四三年六月末日ころ更新を拒絶したとして賃貸借の終了を主張するが、右同日期間が満了したものでないこと前記のとおりである。のみならず、仮に右同日期間が満了したとしても、相手方に更新を阻止できる正当事由があるとは到底認められない。よつて、相手方の右主張は採用できない。

二申立人は増改築を制限する旨の特約はないと主張し、相手方はこれがあると主張し、この点についても争いがある。

借地法第八条ノ二第二項の裁判は「増改築ヲ制限スル旨ノ借地条件ガ存スル場合ニ」、具体的な増改築に限り、その増改築制限の特約の効力を排除することを内容とする。増改築制限の特約が存しない場合は、借地人は、他の借地条件に反しない限り、地主または賃貸人の承諾を得ることなく、自由に増改築をすることができるのであり、その承諾に代わる裁判所の許可を得る必要もないからである。したがつて、本来は、申立人が特約の不存在を主張することはないはずである。申立人の主張の趣旨が、特約の不存在を確認する目的で、特約の不存在を理由とする裁判を求めるというのであれば、このような申立ては法の認めないものであるから、不適法として却下しなければならない。

しかしながら、本件においては、申立人は、特約の不存在を主張しているが、これを理由とする裁判を求めるのではない。自らは増改築を制限する旨の特約は存在しないと考えるが、相手方が特約ありとして増改築に異議を唱えるので、その承諾に代わる許可の裁判を求める、というのである。つまり、申立にかかる具体的増改築に関する限り、特約が存在するものとして、特約が存在する場合と同様の裁判を求めているのである。

そうだとすると、増改築の特約の存否といつたことは、元来、当事者の自由な処分の許される事柄であり、また、借地法第八条ノ二第二項の裁判で特約の存否を判断しても、その判断に既判力はないのであるから、申立人において特約があるものと同様の裁判を求め、相手方においても特約の存在を主張している以上、このような申立を拒否すべき理由はない。もし、特約の存在が立証された場合にのみ申立を認容し得るものと解すると、本件のように、特約の存否について争いある場合には、申立人において特約の存在を主張、立証することはできないであろうから、申立人が許可の裁判を求め、相手方も特約の存在を主張しているにもかかわらず、特約の不存在を理由に申立を排斥しなければならないことになる。その結果は明らかに不合理で、特約の存否や効力に関する紛争の事前防止を目的としたこの制度の趣旨に副わないであろう。

したがつて、借地法第八条ノ二第二項の「増改築ヲ制限スル旨ノ借地条件ガ存スル場合」とは、当事者双方共特約の存在を認めている場合のほか、申立人において特約が存在する場合と同様の裁判を求め、相手方においても特約の存在を主張している場合を含むものと解すべきである(相手方において特約の不存在を認めている場合は、相手方の承諾を得るまでもなく自由に増改築ができるのであるから、申立の利益を欠くことになろう。)。この場合、特約の存否を証拠により判断する必要のないことはいうまでもない。

よつて、本件については、特約の存否について争いがあるが、これを証拠により判断することなく、特約が存在するものとして以下の判断をすることとする。

三本件の資料によれば、本件改築は、都市計画上の制限(第一種住居専用地域、第一種高度地区、建ぺい率五〇パーセント、容積率一〇〇パーセント)内で行われるものであつて、近隣に対する日照、通風等の悪影響もなく、土地の通常の利用上相当と認められる。

よつて、本件申立は認容すべきである。

(付随処分)

一鑑定委員会は、本件申立を認容するに当つては、当事者の利益の衡平を図るため、(1)土地の最有効利用が可能となることによる利益の一部一五一万五〇〇〇円を財産上の給付として申立人から相手方に支払わせ、(2)従前の賃料3.3平方メートル当り月額四〇円を同月額二三〇円に改定するのが相当であるとの意見である(鑑定委員会の意見による財産上の給付額は、同委員会の算定した本件土地の更地価格四四一五万四二〇〇円のほぼ3.4パーセントに当る額である。また、右意見中賃料月額が一万七八〇〇円とあるのは、計算の誤りによる誤記と認める。)

二当裁判所も本件申立を認容するに当つては、当事者間の利益の衡平を図るため、申立人に財産上の給付を命じ、かつ、賃料の改定をすべきであると考える。そして、その額は、本件事案の内容と従前の裁判例に照らし、いずれも鑑定委員会の意見のとおりとするのを相当と認める。

よつて、主文のとおり決定する。

(小林亘 )

〈別紙目録(一)(二)(三)省略〉

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